菩提の道場
伊予国・愛媛県
![]() |
縁起 天平年間(729‐49)行基菩薩が不動明王を刻みみ、本尊として近見山の頂上に七堂伽藍を建立したのがはじまりで、後に1嵯峨天屋の勅願により弘法大師が再興して、近見山・宝鐘院・円明寺と号し、第 54番目の霊場に定められました。 その後は寺運も栄え七堂伽藍も整って荘厳を極めましたが、たび重なる兵火によって焼失し、そのたびに寺は移転し、享保2年 (1717)現在地に再建されました。 寺号の円明寺は明治になってから53番札所と同じでは具合が悪いところから延命寺に変えました。 境内には越智孫兵衛の墓があります。孫兵衛はこの地方の庄屋でしたが、池普請のとき、わざと農民に竹筒におかゆを入れさせ、巡視に来た代官に農民の苦しみを訴えて年貢米を軽くしてもらったため、大飢饉の時もひとりの餓死者も出しませんでした。 |
八十八ヶ所目次へ |
||
| 戻る | 次へ |