菩提の道場 伊予国・愛媛県


第四十六番 医王山 養珠院 浄瑠璃寺




縁起

和銅元年(708)行基菩薩が奈良の東大寺大仏勧進に先だって、四国を巡行された時、この地に立ち寄って、この地が仏法布教の適地であると感じられ、伽藍を建立して本尊の薬師如来と日光・月光両菩薩、さらに十二神将を刻んで安置しました。 その後弘仁3年(812)弘法大師がこの地を訪れ、堂宇を修復して薬師瑠璃光如来にちなみ、浄瑠璃寺と号し第46番の霊場に定められました。 室町時代に入って伊予荏原の城主平岡道倚が土地を寄進して荒れていた堂宇を再建しましたが、元禄年間(1688‐1704)付近の山火事の延焼で本尊、脇仏、須弥壇が難をのがれたほかは一切を焼失しました。その後寺の復興が住職によって計られましたがなかなか達せられません。これを見て村の庄屋の出身である堯音老師は発奮し、全国を勧進して歩き、天明4年(1784)本堂その他の堂宇が再建されました。堯音は社会事業家でもあり、立花橋の架橋その他さまざまな功績を地元にたてています。

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