菩提の道場
伊予国・愛媛県
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縁起 大宝元年(701)百済の僧が渡来し て、この地にお堂を建て奉持した 十一面観世音像を安重したのが始まりといわれます。 弘仁年間(810‐24)弘法大師が このお寺をたずねられて堂塔を整え、開創された年号をとって大宝 寺と号し、第44番の霊場に定めら れました。 その後保元年間(1156‐58)には 後白河法皇がこのお寺へ病気平癒 を祈願されて全快しましたので伽藍を再建し、帝の妹宮をこのお寺 の住職とし下向されています。こ の妹宮は当寺でなくなられたので、ご遺体は寺中に埋葬し堂宇と 五輪塔を建てて「姫宮の陵権現」 として参道横にまつられています。その後寺運も栄え、山内には 48坊が建ちましたが天正年間、 (1573‐92〕長曽我部軍の兵火で伽藍は焼失し、松山藩の寄進に よって再建されました。宝暦元年 (1741)の飢饉は久万の百姓3000人が一揆を起こし藩主に抵抗しまし たが、時の住職の説得によって一 人の断罪者もなく帰順させました。 明治7年大火によって堂塔を失い ましたが、その後、本堂、大師堂 その他のお堂が再建されました。 |
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