菩提の道場 伊予国・愛媛県


第四十一番 稲荷山 護国院 竜光寺




縁起
大同2年(807)2月初午の日に弘法大師がこの地を訪れると、稲束をかついだ老人に会いました。 大師はこの老人こそ仏教を守り、五穀の豊穣をもたらす大明神の化身に違いないと思って、稲荷大明神の尊像を刻んで堂宇を建て、稲荷山・龍光寺と号して第41 番の霊場に定められました。 明治初年の神仏分離令によって稲荷神社はこの地方の氏神となりの上の本堂が社殿に衣がえをし、石段下に新しく本堂が建立されました。本堂の正面に本尊の十一面観音両脇に不動明王と毘沙門天が安置してあります。この寺を土地の人々は、"お稲荷さん"と呼んで親しんでいます。寺の下に広がる三間平野は、南伊予の穀倉地帯で、戦国時代には土佐の長曽我部、九州の大友との間ではげしい争奪戦がくり返されたところです。 お稲荷さんは五穀を支配する神として農村では古くから信仰され、江戸時代に入ると武家や商人が開運を祈願するようになります。また密教の叱枳尼真天は狐が神格されたものといわれ稲荷神と叱枳尼真天が同一視され神仏が習会されようになりました。

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