菩提の道場 伊予国・愛媛県


第四十番 平城山 薬師院 観自在寺




縁起
大同2年(807)弘法大師が平城天皇の勅願を奉じてこの地を訪れ一本の霊木から本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来、十一面観音の三尊を刻んで堂宇に安置し、開基されました。
 その後当山に行幸された平城、嵯峨の両天皇は一切経及び大般若経を納められ「平城山」の勅額を賜わったので、山号を平城山と号し第40番の霊場に定められました。 皇室は毎年勅使を下向させ護摩供を修せられましたのでこの地方を御荘と呼び、寺のある町を平城と呼ぶようになりました。 かつては七堂伽藍も整い、48の末寺を持ち寺領も2500石を賜わったといわれます。その後火災のため焼失しましたが、延宝6年、 (1678)宇和島藩主伊達公の祈願所として本堂、大師堂が再建されました。 昭和34年本堂は焼失し4年後銅葺き入母屋造りに再建されました。 平城天皇は薬子の乱でご退位後この寺で剃髪されましたが、その髪を納めたという五輪の塔が本堂横に建っています。

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