修行の道場 土佐国・高知県


第三十四番 本尾山 朱雀院 種間寺




縁起

敏達天皇の6年(577)四天王寺建立のため百済王によってつかわされた仏師や画工達が務めを終えて帰国する途中、暴風雨にあって秋山の港へ寄りました。仏師達は航海の安全を祈って薬師如来像を彫刻し、本尾山の頂に安置して無事帰国することができました。これがこのお寺の始まりで、その後弘法大師がその薬師如来を本尊として堂宇を建立し唐から持ち帰った五穀の種をまかれましたので種間寺と名づけ、第34番の霊場に定められました。 地元では本尊を"安産の薬師さん "の愛称で信仰され、妊婦が柄杓を持ってお詣りするとお寺ではその底をぬいて3日間祈祷して渡します。そして妊婦が安産すると柄杓を観音堂へ納めるならわしがあります。 天暦年間(947‐957)に村上天皇は藤原信家を勅使として「種間」の額をご下賜されました。 感激した信家は大般若経600巷を写経することを誓いましたが、役人に書かせて納めた処文字は消えて白紙になっていたと伝えられています。この白紙のお経は冷泉天皇の時宮中へ納められました。

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