発心の道場
阿波国・徳島県
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縁起 弘法大師が弘仁6年(815)、42歳の時世の災難を除こうと薬師如来を刻み、堂宇を建てのたが寺の始まり。山上の八畳岩の上に金剛不壊の護摩壇を築いて7日間、秘法を修め、堂宇の前に五色の藤を植えたということから、金剛山藤井寺と名乗ることになった。 大師も力を注ぎ込んだ寺だけに、伽藍の建ち並ぶ立派な寺院で、その姿は荘厳であったという。だが、長曽我部氏の兵火で焼かれ、さらに天保3年(1832)にも火災に遭い堂宇、宝経をことごとく失った。現在の建物は万延元年(1860)の再建。 ただ、本尊の薬師如来は奇跡的に災難を逃れている。八十八ヶ所中最古の仏像である。 |
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